葉脈と潮流

純粋さを磨き、迷わない。

2023年に読んだ本とそれに伴う思索

この記事は「新社会人になってからの21ヶ月で読んだ本 Advent Calendar 2023」の6日目の記事です。

 

こんばんは、初めまして、墨鼠です。今日は友人の林杏子さんが書き進めているアドベントカレンダーのゲスト出演として記事を書かせていただきます。新社会人になってから今までの21ヶ月の読書を、1ヶ月ずつ振り返っていくものになっているようです。一人の人とさまざまな本の関わりが多彩に描かれていておもしろいので、そちらもぜひ。

 

さて。恥ずかしながら、僕はほとんど本を読まない。読まなかった。社会人は三年目だが、その中でほとんど本を読まなかったのではないだろうか。小説、技術書、自己啓発本、ほとんど読んだ覚えがない。漫画ですらほとんど手をつけていないと思う。

でも、ここ半年くらいは本を読む楽しさを見つけたり、自分の生活の中に読書という行為を差し込むことができるようになってきている。林杏子さんに倣って、僕も本の感想というよりは、本を読むタイミングで起こった思索や自分の本との関わりの流れなどを主に書いてみようと思う。

 

牧野 修『MOUSE』と、読書の魅力への気付き

先に述べた通り、僕はずっと本が読めずにいた。いろんな友人からオススメされた本を購入していたものの、それらが未読のまま10冊程度溜まっていた。小説に限らず、見たことのない作品を鑑賞するのってすごくコストがいる。世界観やその描き方に対して適切な体勢で読む必要があって、その適切な関わり方を模索するのがしんどいのだ。体力や時間がないと読めないが、余裕があるときには別のことをしてしまう。本を読むための時間というのが存在していなかった。

2023年8月、僕は三重の友人を訪ねることになった。京都から三重は距離的には遠くないが、山脈を迂回する必要があるので電車で3時間はかかる。その暇つぶし用にと積読から適当に選んでリュックに詰め込んだ本が『MOUSE』だった。

電車に乗り、暇になって本を取り出す。3時間もあると流石に本を読まざるを得ない。読み始めるとじわじわとおもしろさに飲み込まれていった。危惧していたような本を読む体勢を作るコストはほぼなかった。SFゆえに世界観は特殊なのだが、読み取るコストは作者側が負担してくれる。こちらは流れに委ねているだけで自然と設定が理解できていく。

本って、おもしろい。Twitterで素人が書いた無料の文章ばかりに触れていると、文章の質が全く違って新鮮な驚きがある。言葉とそのイメージを操る練度が段違いだと感じた。プロだから当たり前なのだけれど。

私たちは単語を見るとイメージを想起する。単語を並べて文にし、それを並べて文章にすることで各単語のイメージという点は繋がり、線となる。その中で点と点の間を補完する線があるが、そこのイメージを啜るのが文章の面白さだと僕は思っている。

この本には見たことのない色彩が、イメージがたくさん広がっていた。色彩は綺麗なグラデーションを描きながら次々と展開していき、僕を飽きさせなかった。TwitterにもNetflixにもマンガにもない独自の魅力がそこにあった。本って、とてもおもしろい。今更になって気付いた。

 

感想をミリも語らずに締めっぽい雰囲気を出してしまった。蛇足っぽいが語るか。この小説の舞台「ネバーランド」は子供の国だ。18歳を過ぎると住人から締め出されてしまう。そんな中でドラッグ漬けになり極めて享楽的に暮らす子供たちは、極端なほど破滅的だ。彼らにおそらく18歳以降の未来はない。それが暗く思えるのは僕が長期的な思考を持つ“大人”だからだろうか。自分の思考と対極にある彼らの生き方を見ていると自分の価値観の根幹が揺らぐ。僕はまだその問題に答えを出せていない。

一応言っておくと、語り口は軽快で格好良いのであまり暗さはない。普通に読みやすいです。オススメ。

 

小川 哲『君のクイズ』と、電子書籍

本を読むことの楽しさに気付いた僕だったが、だからといって読書を習慣づけられたわけではない。相変わらず時間が空けばすぐに創作などの作業をしてしまう。わざわざ本をいろんな鞄に詰め替えたり取り出したりするのも面倒くさい。

そこで電子書籍を試したのだが、これが大当たりだった。スマホは常にポケットに入っているので、電車の空き時間や待ち合わせの間などの隙間時間にすぐ読める。仕事の休憩時間に軽く読んでまた仕事に戻るということもできる。ドライヤーで髪を乾かす間にも読める。可能性は無限大だ。

『君のクイズ』はお試しで電子を購入したのだが、短めなのもあって2日で読み切ってしまった。本が、本が読めている… 感動。よかったねえ。これからは電子書籍で買おうかなと思っている。物理本の背表紙って、なんか並ぶと圧があって苦手なのよね…(誰にも共感されない話)

このあともいくつか本を電子書籍で買った。誰かに貸したまま無くしてしまった好きな本とか。好きなタイミングで好きなシーンを切り出して読めるのはとてもありがたい。ポケットに聖書を入れるのもこんな気持ちなのだろうか。一方で電子書籍に入れても読みにくい本もあったりするのだが、それらを含めてポケットの中にさまざまな可能性や楽しみ方を孕む本たちが眠っているというのは、とてもワクワクすることだと思う。早く電子書籍始めればよかったな。

ちなみに、Kindle Unlimitedに体験入会したが、こちらはあんまり響かなかった。値段の割に読めるものが少ない。正確には質の良い読み物が少ない印象。これなら毎月好きな本を一冊買う方がよさそう。でも今月は『コンビニ人間』と『スクラップ・アンド・ビルド』が読めるらしいので、それを読んでから退会します。

 

『君のクイズ』の感想は、実は、そんなにハマらなかった。早押しクイズの生放送番組決勝戦で、主人公の対戦相手が見せた問読み前の早押しと正答。主人公はその決勝戦を振り返りながら不可解な早押しの謎を解いていく。面白い本ではあると思うし、ミステリーのトリックもよくできていると思うが、そんなに没入できなかった。たぶん作者との相性が悪いというよりはこの本との相性が良くない気がした。主人公の対戦相手が、端的に言って、きらい!! 作者の別の本『ゲームの王国』は買ったので、読みます。

それはそれとして早押しクイズという競技の魅力を分かりやすく砕いて伝えた上でトリックに組み込んでいてすごい。(僕は早押しクイズはのめり込んでいたので知ってることばかりで、そこの新鮮さがなかったのもハマれなかった要因としてありそう。)僕とは相性が合わなかっただったけど、良い本だとは思います。オススメ。QuizKnockとか好きな人はクイズ王がどうすごいのか具体的に理解できてうれしくなると思う。

 

アンドリュー・ブロコス『ポーカーとゲーム理論』と、人の欲求と書籍の関係

最後は読書記として異端かもしれないが、ポーカーの戦術本について書こうと思う。ポーカー(テキサスホールデム)にはもう2年くらいハマっていて、ついにお金を出して戦術本を買う段階まで達した。ポーカーへの愛やその戦術の内容については、語ると1,2記事くらい余裕で書けてしまうので書きません。書きたいけど。書かないぞ!!

本の内容に触れなくても書くことはある。本を選ぶことはとても難しいというお話。ポーカーに限った話ではないが、本を検索するとたくさんの戦術書が出てくる。『フィル・ゴードンのポーカー攻略法 入門編』『ポーカートーナメント ファイナルテーブル戦略』『アグレッシブポーカー』『ポーカーテル図鑑』など。それぞれの本は読者が明確に設定してあるのがわかると思う。「入門編」は初学者のためだろうし、「アグレッシブ」といえば具体的にはわからなくとも攻撃的な戦略が載っているとわかるだろう。いや、それはデザインだし、良いことなのだが。

そこで気にかかるのは、そこでどの本を選び、どの本に重点を置き学んでいくかは、読む人の気持ちによって決められてしまうということの危うさだ。本は人に知らないことを教えうるが、逆にその人の価値観の偏りを先鋭化させうるということを危惧している。

僕がゲーム理論の本を手に取ったのは、ゲーム理論が一番重要だと思ったからだ。逆に僕はテル(ポーカー中の人々の癖)を読み取ることなんかはあんまり重要度が高くないと思っている。だから僕はゲーム理論の本を手に取る。ゲーム理論は素晴らしい武器になると本には書いてある。僕は満足し、ゲーム理論への信仰を強化する。テルの本は、たぶんだいぶ先まで読まない。おかしい。僕はポーカーが強くなることが目的のはずだったのに、いつのまにか自分に心地良い信仰を求めて、結果として自分の信仰を強化している。

これはポーカーを麻雀に変えても同じ現象が起こりうるし、なんなら自己啓発書でもそうだと思う。本は私たちの欲求に応えるために並んでいる。中身に嘘偽りが書いてあることは稀だろうが、真実であるかどうかはあまり関係はない。基本的に人は多様な真実に重みを付けていって価値観とするからである。ポーカーで、麻雀で、もしくはビジネスや人生でうまくやりたいなら、本の選び方を、そしてそれらの重み付けを適切に行わないといけないと思ったりしている。難しすぎ。でもそうしないと思想はどんどん先鋭化してしまう。(もちろんそれはストイックにひたすらに強さを求めたり多様な価値観を取り入れたい場合の話で、適度に心地良く適度に間違わない道を選びたい場合はその限りではないのだけれど)

だから、いろんな本を読まないといけないんだなと思った。アグレッシブポーカーもテルの本も。僕はポーカーにストイックでありたいし、それが第一だから。自分の欲求の順序を間違えないでいたい。

 

この本も感想を書こう。ゲーム理論におけるポーカーの最適行動は、実践がとても難しい。この本の著者ですら、この本のためにコンピューターで計算して初めて気付いた戦術もあるくらいだ。これを読んでからポーカーがよりわからなくなった。最適行動はとても複雑で、中級者までの簡略化した理論で築き上げた地盤が一気に揺るがされる。

でも、この本を読んでからポーカーが楽しい。ゲーム理論の最適行動に自分の戦術を近付けていくという、難しいが明確な目標ができたから。そういう意味では、正しさやその重みは別として、ポーカーをこれから一年は少なくとも突き詰めていける方法を教えてくれた良い本だったなと思う。難しい本なのでこちらは安易にオススメはしませんが。


村田沙耶香コンビニ人間』と、本の中の自分

それと。この文章を書いてから公開するまでに『コンビニ人間』を読んだ。これについて書く気はなかったのだけど、すごくよい体験だったので書いておこう。『コンビニ人間』の主人公の中には、僕がいた。

コンビニ店員である主人公には自我がない。正確には、自分がどのように生きたいという指針がない。彼女は何らかのマニュアルに沿うことで、そしてそれによりコンビニがうまく回ることで、喜びのようなものを感じている。そういえば僕はこれだった。今もそうだが、それを忘れていた。僕も適切に善い人として生きることを指針に生きている。僕の心身はそのためにデザインされている。不要な感情は切り捨てられ、必要な思想はインストールされる。その結果、自分に自我があるというふうに思い込んでいたことを忘れていた。

と、言うと大変なことに気付かされたという文意のようだが、その気付き自体は割とどうでもよくて。それよりも、小説の中に僕がいて、小説を通してまた知らない僕を認識できたことに驚きを感じている。本を読むたびに自分に気付ける感じ、とても新鮮。そして新たな気付きを形にしたくて創作欲が湧いてくる。読書って正のループだ。しかも自我がないせいか、小説2冊読んだら1冊は「これ僕じゃん…」と思ったりするし。これからも読めば読むほどいろいろうれしい気付きがある、のかもしれない。

コンビニ人間』の感想は、昨日の日記に書いたのでそちらを見てくれれば。少し長いけど下手に文章を縮めるより読んですぐの生の気持ちを見てもらうのが良いと思う。よければ。

indigomou5e.hatenablog.com


まとめ

本を読むのは、楽しい。最近はTwitterの文章で暇を潰すのにも疲れてきたところなので、代替が見つかってとてもうれしい。ブラックフライデーのセールで8冊くらい電子書籍を買ったので、しばらくは困らない。読んでいきます。読めます。今なら自信がある。物理本の積読も、なんとか解消していきたいな。半年前は「読まないと…」なんて言ってたから、前向きな気持ちになれてよかったね。本当に。

 

しかし。読み直してみると、そして林杏子さんの記事を読んでみると、思ったより自分と本との関係が描けていないな。影響は多分に受けているのだが、まだまだそれを認識できていない感じがする。本を読んで「この感覚には覚えがある!」となることは少なくないので、その感覚を鋭くしていきたい。やがては本から得られる感覚を世界のさまざまなところへ適用していけたらと思う。読書感想文、書くべきだな。素晴らしい文化。読書の感想が毎日重ねられていくアドベントカレンダーはこれからも更新予定らしいので、ぜひぜひご覧になってください。太鼓判。