猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

ジョジョ5部考察 ホルマジオとリトル・フィートについて

 やあやあ、藍鼠だよ。

 最近ジョジョ5部のアニメを見直しています。5部はギャングたちの物語だからか全員覚悟がヤバいくらい決まっていてこわいですね。その分めちゃくちゃ面白いのだけど二郎系ラーメンみたいな重さも感じる。

 面白さと格好良さと分かりやすさのバランスが一番高水準なのは5部だと思うけど、僕は4部の方が好きですね。適度に軽いので。あ、でも7部途中まで見たけど7部が一番好みっぽい予感はしました。複数の勢力の思惑が入り乱れるやつが大好きなので。

 まあそれはいいとして、今日は5部の敵ホルマジオとそのスタンドであるリトル・フィートの話をします。言うまでもないかもですが藍鼠が大好きな小人の話です。では、どうぞ。

 

ジョジョ3部、5部、6部の敵スタンドの情報を含みます。ネタバレ注意。)

 

スタンド「リトル・フィート」について

 破壊力:D、スピード:B、射程距離:E、持続力:A、精密動作性:D、成長性:C。

 攻撃した相手、ものを縮める能力を持つ。縮めた相手は小ささに比例してスタンドパワーも低下するようだが、縮めるのにはパワーがいるらしく縮み切るまでには時間がかかる。逆に元の大きさに戻すのは一瞬でできる。また、縮小能力はホルマジオ自身にも適応可能で、その場合に限り縮小は一瞬で可能なようだ。アニメ版だと乗用車をミリ単位まで縮めていたので縮小上限はなさそう。こわい。

 個人的な評価としては、スタンドの能力自体としてはバランスはかなり悪そう。スタンド自体のパワーが低い代わりにデバフ(能力低下)付与が可能でそれを主体に戦うタイプだが、その射程が最低値のEとなっている(指についた刃で相手を傷付ける必要がありそう)。その上、縮小効果は一瞬で起こるのではなくゆっくりと付与されていく。

 つまり、素の状態では弱いスタンドで相手に近づき、攻撃をくらわせ、相手が縮み切るまで相手の攻撃を避け続ける必要がある。相手が10cmレベルになれば負けることはほぼなさそう*1だが、その状況を作るのが非常に困難なスタンドであると思われる。最近のゲームなら上方修正がすぐに入りそうな取り回しの悪さがある。*2

 かといってその効果もコストに見合うものとは言い難い。デバフならフィジカルを奪えて(その代わりスタンドパワーにデバフはかからない?)老衰による死という時限爆弾まで押し付けられるグレイトフル・デッドや、不意打ちが成功したら相手の反撃を許さない状況に持っていけるマン・イン・ザ・ミラーやデス13の方が確実である。(まあこれは相手を殺せるかという観点からの強みであり、拷問なども考えると無力化しつつ殺さない選択もできる点でリトル・フィートも悪くはないのだが。)

 

スタンドと本人の価値観との関係性

 とまあ長々と述べてきたが、この話の本題はリトル・フィートのキャラランクを決めるような話ではなく、リトル・フィートの能力からホルマジオ自身の価値観が見て取れるのでは、という話である。

 関係がほのめかされているだけで明確に言及されたことはなかったように思うが、スタンドは本人の深層心理や願望が象徴となって能力に現れることが多い。HUNTERxHUNTERの念能力ほど確実に価値観を表すものではない*3が、それに準ずるレベルのリンク性はあるはずである。

 それではものを小さくするという能力にはホルマジオの価値観が現れているのかどうかというのが本題である。

 

 まず、ものではなく相手を小さくすることの意味について考える。小人と巨人*4がお互いを見てまず感じるのは絶対性である。小人は相手に勝てない(抵抗できない)ことを本能的に察するし、巨人側も小人の弱さや脆さをひしひしと感じる。

 (ちなみに、その要因は筋肉量の違いというよりは質量の違いから感じられます。身長が1/2になると質量は1/8(1/2の三乗)になり、運動エネルギーは質量に比例するので体当たりなどのエネルギーも1/8になります。実際は早さにも関連するので少しブレますが、このように大きくエネルギーが落ちることは明らかです。多くの格闘技で質量ごとに部門が分けられているのも納得ですね。)

 なので、相手を小さくしたいという欲求にはその絶対的優位性に立ちたいという気持ちが裏にあるというのがまず考えられる。

 ところで、相手を小さくするタイプのスタンド使いには他に3部のアレッシー(セト神)や6部のグェス(グーグー・ドールズ)がいる*5が、その二人はもろにそのタイプである。分かりやすくするために一旦その二人について語る。(スティールボールランジョジョリオンはまだ見てないのでこれらに出てきてたらゴメンね)

 

アレッシーとセト神

 アレッシーのスタンド「セト神」は自らの影に触れた相手を幼くするというスタンドである。幼くするので正確には縮めるのではないが、本質的には近いのでここでは広義の縮小化、小人化に含める。

 アレッシーは自分で述べているように弱い者いじめが大好きな人間である。子供に対しては非常に強気になりいたぶることを心の底から楽しんでいるのが過剰なほどに伝わってくる。一方で大人に対しては非常に憶病で、(幼くしてない)承太郎たちに対しては弱気になってしまう。幼児化ポルナレフを保護したお姉さんに対してすら一度引いているので、強そうな相手が怖いというより大人全般を怖がってそう。そのあたり考えると弱い者いじめというよりは子供を虐めるのが好きなのかもしれない。

 もっというと子供=無力、大人=強大という価値観を持ってそう。同年代にではなく大人に虐待された過去があって大人が子供を蹂躙するのは当然であるという正当化をしてそうに思う。このような考えが深く根付いているのでスタンド能力も若返らせるものなのだろう。

 逆に縮める能力は身につかなそう。彼にとっては身体の大きさではなく年齢による身体の成熟度の方が強さの象徴だと思っていそうなので。

 

グェスとグーグー・ドールズ

 グェスのスタンド「グーグー・ドールズ」は相手を縮めて支配するためのスタンドである。リトル・フィートと違って一瞬で縮小化できる上、対象がグェスの意図に反した行動を取ると自動で対象を殺害する能力まで付いている。リトル・フィートの上位互換か?

 グェスはスタンドで縮めた相手にネズミや鳥などの皮をかぶせてペットとして飼いかわいがる人間である。その拘りの強さは尋常ではないうえ、絶対性にものを言わせた支配的な扱いも見せる。普通にこわい。

 彼女は基本的に憶病であり、小さくするのも優位性を持つためだと思われる。その点はアレッシーに似ているが、縮小して行いたいことは異なりそう。彼女は近しい存在を作るために小さくしているのだ。

 相手に近づきたいが、近づくと何をされるか分からないという不安もある。このジレンマに対して彼女が出した答えが「優位に立つ」なのだろう。不安のもとになっている臆病さや優位に立てば安心という考えはアレッシー同様劣位に立たされたという経験をもとにしてるかも。単純にかわいい(=無力な)ものが好きという要素もありそうだが。

 小さくてかわいく、好きな相手を無力にして自由に愛でるのが好きで、なおかつ相手を(文字通り)手に入れて支配したいという欲求がスタンド能力に現れていると思われる。

 ちなみに。最初に少し述べた通り縮小の早さと逃亡を許さない自動殺害などにより殺傷能力は一見リトル・フィートの上位互換だが、たぶんグェスはそのようなスタンドの使い方をしなさそう。HUNTERxHUNTERの制約と誓約じゃないけど、攻撃を想定せずあくまで相手を小さくして手に入れることだけが目的だからこそスペックが上がったのだと思われる。あとはグェスの性格的に人以外には縮小能力を使わない(使えない?)気がする。彼女にとっては力がだいたい同じ人間と仲良くなるための能力なので。そういった能力の使い道の汎用性では圧倒的にリトル・フィートが上っぽい。

 

ホルマジオとリトル・フィート

 しかし、ホルマジオにはそのような歪んだ性格は見られない。臆病でもないし、相手に対して優位に立って安心したいという欲求もなさそうである。

 それどころか、この3人の中で彼のみが自らに対して縮小能力を使う。追い詰められて緊急的に応用したとかではなく、最初から当然のように使っている。これはアレッシーやグェスには絶対に見られないはずだ。彼らにとって自分が小さく、つまり無力になることは絶対に避けなくてはならないことであり、その不安の裏返しとして他人を無力にするからだ。

 ついでに言うと、縮めたナランチャを拷問するシーンに陰湿さが無いというのも縮小に強い意味を与えていないことの証左になると思う。瓶の中で蜘蛛と戦わされて食われたり卵を生みつけられたりするのはかなり嫌だが、絶対的な立場から相手をいたぶるような性質は見られない。単なる拷問として比較的無感情で行っているように見える。アレッシーとか子供のポルナレフ追い詰めるのめちゃくちゃ楽しんでたよ。ホルマジオにとって小さな相手をいたぶるのは特別なことではないのだろうと思う。*6*7

 つまり、ホルマジオはものを小さくして無力化することにこだわりを持ってはいないと思われる。小さい存在の無力さに対して強い意味を付与していないからこそ自分の身体をたやすく縮められるのだ。

 

"くだらない"スタンド能力

 それでは、リトル・フィートの能力は彼の価値観と無関係なのだろうか。いや、おそらく関係はある。誤解を恐れず少し誇張して言えば、彼もまた自分を弱い存在と感じているからこの能力を手にしたのだ。

 しかし、アレッシーやグェスの感じたであろう無力感とは性質が全く違う。アレッシーたちは「自分が無力で虐げられうる存在である」と突きつけられた結果、それがこの世の理だと受け入れ、自分のその理に倣いより弱いものを虐げるという風に屈折させて捉えたが、ホルマジオは「自分は弱い、だからこそ持てる知識や発想を全て使い抗う」という風に捉えているのだと思う。つまり、彼にとって自分の無力さは冷静な現状分析であり、自分が弱いことに強い不安を覚え心を苛まれるようなことはないのだ。彼は自分を弱いと感じながらもひどく前向きである。

 

 リトル・フィート戦の中で、ホルマジオは「暗殺者チームの他メンバーは自分のこの能力をくだらない能力だと軽く見ている」「しかし能力は知恵でどのように使うかでその真価が変わる」というような発言をしている。これは自分の能力が"くだらない"ものとなってしまったからこのような適応をしたとも捉えられるが、そもそもそのように乏しい手札を最大限活用して生きてきたからこそスタンド能力も取り回しの悪いものになったのではないかと思ってしまう。

 リトル・フィートの能力のパッとしなさは先に述べた通りである。しかし、ホルマジオはその能力を最大限使い、隠密、回避、逃亡、拷問、殺害などに幅広く応用させている。特に逃亡では排水溝のネズミを用いて即興でエアロ・スミスのレーダーを攪乱しながら逃亡している。ナランチャへの拷問も即興っぽい。この「知恵の使い方」で自らの手札を最大限活用することこそが彼の生き方なのではないだろうか。

 エアロ・スミスvsリトル・フィート戦は珍しく敵であるホルマジオの視点で描かれる。これはこの時点でエアロ・スミスの能力が明かされていないことも一因だろうが、ホルマジオが自分の能力を使って対処する部分を描くためであるとも思われる。不意を打ち、先手を取った優勢を崩さず主人公たちを圧倒していくのが多くの敵の動き方だが、ホルマジオは必ずしもそうではない(半分くらいはホルマジオの隠密、逃亡を描いている)ため、それを最大限描こうとした結果が敵視点という特殊な構図なのだろう。

 

ホルマジオの"小人"性

 さて、乏しい手札を最大限活かすというスタイルと縮める能力の関係の話だった。話を戻そう。

 非力ながらもその知識や小さい体の使い方で大きな相手を打ち負かすというのは近代以降の小人の特徴として描かれることが多い。寓話では親指小僧や親指トム、小人ではないが十二支のネズミもそうだといえるだろう。現代のファンタジーでも身体の小さい種族が技術や器用さ、魔術に長けているという設定は数多くみられる。

 (ただし必ずしも小人が知恵などに長けているわけではない。例えば親指姫には小ささを活かして困難を解決する描写はないし、『チャーリーとチョコレート工場』の小人ウンパルンパは特に目立った能力を持っているわけではない(非常に真面目で仕事熱心ではあるが)。)*8

 つまり、ホルマジオはその性格が非常に寓話やファンタジーの小人(や小さき存在)に近い。"くだらない"スタンドを知恵を使い上手く運用し勝利を収める。このような人生こそが彼にとっては自分らしく、強力なスタンドでパワープレイをするより性に合っているのでは、と思ってしまう。個人的には何とも小人らしい良い生き方だと思う。彼にとっては他者を縮めることに拘りはないが、非力であることにはある種の自分らしさを感じていそうに思う。

 もしかするとそのスタンド能力のメインも自分が小さくなることで、副次的にその能力をさまざまなオブジェクトに応用できるというだけだったりするのかもしれない。物の縮小には時間がかかるが自分自身だけは一瞬で縮小可能というのもメインは自分だからなのでは…? まあこれは考え過ぎかもしれないが……

 

おわりに

 ホルマジオとその能力の関係性について軽く語ろうと思ったらめっちゃ長く語ってしまった。ここまで書いて分かったけど僕めっちゃホルマジオ好きだな。自分の非力さを認識しつつ使えるものを最大限使ってサバイブする感じ、藍鼠の理想とかなり近いので……

 というか逆に自分の理想や生き方をホルマジオに重ねすぎてしまった可能性はある。ここまで書いておいてアレだけど、不十分な点と点を都合よく繋げただけの考察でしかないしね。サツキ・メイ死亡説と変わらなかったりする。(ところでアレッシーとグェスについては考察が特に間違ってはないと思う。まあその二人の性格とスタンドの関係については僕が言うまでもないとは思いますが……)

 というわけで、あんまり信じ込まずそんな説もあるんだな程度に思っていただければと思います。あとはホルマジオに重ねてしまった藍鼠の価値観や自己認識などが伝わればいいなと思います。

 ちなみに他のジョジョ考察を作る予定はないです。こんなに語れるのは小人観連くらいなので。それでは、また。

*1:まあナランチャに負けましたが…

*2:かといって縮小効果が即効性があると強すぎるのでバランス調整するの難しそうだなと思う。存在しない事象に心配するのやめろよ。

*3:念能力の場合は自分の能力は自分で制定するものであるが、スタンドは能力を選んだりすることはできない

*4:これは相対的な尺度である

*5:6部の緑色の赤ちゃんも含まれるが、本体の価値観とのリンクなどはなさそうなので割愛。

*6:ちなみにアニメ版の車を縮めて政治家(?)に飲ませるシーンの冒頭は縮めた車を手に持ったホルマジオがトイレを流すところから始まるが、これは車の運転手を縮めてトイレに流しているという説があるらしい。もしそうだったとしたらその処理はあまりに味気なく、やはり縮めた相手に興味がないといえるだろう。

*7:例外として、猫を瓶詰にしたのだけは意味なく行ってるっぽいので若干陰湿っぽい。ただジョジョに出てくる猫は酷い目に合いがちなのでその一環ともいえそう。わからん。

*8:もっというと神話に出てくる小人に「知恵に長けた」という要素はほとんど見られない。これはあまり調べられてないが、神話の小人は成長の象徴や悪魔的存在であることが多いらしい?