葉脈と潮流

純粋さを磨き、迷わない。

200407 ごく普通の日記

 何となく日記が書きたくなった。

 今まで鬱々としたことしか書いてなかったので本当に何気ないことを書きたくなった。でも何気ないことってなんだろうね。それを抜き出すのが自分は本当に苦手だ。

 そういえば3年前ごろにカウンセリングで自分の気持ちを知りたいと言ったら日記を書くことを勧められたのを思い出した。結局その時は大して意味が無かったけど、今ならまた別かもしれない。

 いや、そもそもそういう前に進むための日記ではないが? 気まぐれに書いているだけ。どうせ続けようと思っても続かないしね。

 

 閑話休題

 今日も特にやることが無かったので起きてから数時間は昨日と同様に魂の抜けた人形になってた。何もできないのが嫌だったので散歩がてらライフに行く。どうせやることがないのなら、と今日はカレーを作ることに決めた。

 カレーというのは無心で作れる料理である。材料とそれぞれの切り方さえ決めてしまえばあとは適切な動きをやるだけである。その「適切な動き」は概ねマスターしているので気付いたら香味野菜のトマト煮ができていた。あとはカレールーを入れるだけである。

 

 無心でカレーを作っている間にアルバイトの契約書が届いていた。普段は仕事先で契約書を書くらしいのだがコロナの影響で郵送になったらしい。大変だなあ。でもリモートワークに理解のある会社っぽくてよかった。あんまり出社しなくていいのは気分的にも楽。

 しかし、仕事にどんどん近づいているのでうれしい。どうせ仕事始まったら始まったで色々愚痴を言うだろうけど、多分今よりは健康になると思う。経験上。

 

 散歩もカレーも契約書もやってえらいのでその後はのだめカンタービレを観ながらSwitchのポケダンをしていた。最近は映像作品を単体で見ることが出来なくなっているので観るときはこうやってゲームを横に置いたりモデリングをしたりしている。

 映画館行きたいけどキャパオーバーしてスマホ開いてしまいそうでこわい。最後に映画館行ったのは半年以上前で、それから落ち着いて映画が見られなくなっている。良い映像作品ほど観ているうちに色んな観念が頭に残りそれを書きとめたり吐き出したりしたくてたまらなくなるのだ。
 家では20分ごとに一度再生を止めてスマホを開きながら鑑賞したり、ながら鑑賞をすることでそもそも深く作品に立ち入らないようにしている。

 映像作品ではないが、12月に演劇を観た時もそのキャパオーバーで苦しくなり席を立とうかどうか迷った。そのときは感情が決壊する前に幕が引いたのでよかったけど、あの苦しさが今でもトラウマになっている。映画館がこわい。

 ん、またちょっと鬱々としてきたので止めるか。話も逸れてきたし。そうそう、のだめカンタービレ面白いですね。千秋がとっても格好良い。高校生のころ観てたら音大目指してたかも。観終わったら誰か語りましょう。

 

 それじゃあ、また。