猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

190425 要請と理由

 まず最初に。この文章は不安を紛らわせるために書き出したものに過ぎず、この不安を生じさせた人間などに対しての要請や回答ではありません*1

 

 昨日、深夜にキッチンで住人が料理を作っていた。IHの沸騰すらしない火力で加熱をしていたので、それはやめた方がいいと指摘をして理由を簡単に述べていたら「理由を述べるな、黙れ」と反論を受けた(こんな暴言ではなかったが、これくらいの根拠への信頼の強さと僕への痛烈な批判が語調にあり、その感覚を表現するために誇張を行なっている)。かなり強い断定するような口調だったのでとりあえず了承してキッチンを離れたが、途端に強い不安に苛まれ始めた。

 仮に理由を述べずに指摘を行なった場合、それはそれで「はあ、どうして?」と聞かれるのではないだろうか。あの場ではそうではなかったかもしれないが、そのような場合も存在するのは確かだ。これは先ほど受けた要請とは相反している「理由を述べろ」という要請なのである。わかりやすくダブルバインドだ。だから僕が不安になったと想像するのは容易い。

 

 

 誤解のないようにいうが、別にダブルバインド自体に怯えているのではない。(単に相反する二つの命令を同時に行うという意味での)ダブルバインドというのはどこにでも存在する。例えばスマブラの攻略を見ると(非常に簡単にまとめれば)「攻撃しろ」「回避しろ、守れ」という二つのことが書かれている。攻撃と回避は同時に行えないのでこれもある意味でダブルバインドだが、もう少し記述の意図を詳しく書くなら「相手に一方的に攻撃が当てられそうなら攻撃しろ、そうでないなら守って次の機会を待て」となるだろう。ダブルバインドを解釈し同時に別々の要請が発生しないように場合分けをするのだ。こうなれば少なくとも不可能な要請ではなくなる。もちろんその「攻撃」「防御」のそれぞれの選択の評価関数を正しく育てていくのはとても難しいが。。。

 

 僕だってこの社会で二十何年生きてきたのだからその場合分けくらいしている(つもりではある)。相手の行動のさまざまなパターンを考えてそれをできるだけカバーするように動いているつもりだ。

 IHコンロの一番弱い火力で煮込むというのはレシピに載っている「弱火」という言葉を解釈した結果だろう。しかしIHはバカなので火力を一番低くすると沸騰すらしてくれない(つまり100˚Cにすら達しない)。レシピ通りに作っているならレシピの作成者は煮込むときの温度は(低温調理でもない限り)100˚Cを想定しているだろう。この想定と実際の火力の乖離の結果発生するのは生煮えの料理と悲しい気持ちだけだ。だから僕は火力を強くするよう指摘した。

 もちろんその一方で僕がそれを指摘するのは相手にコミュニケーションのコストを払わせるという懸念がある。もしくは何らかの理由でそもそも沸騰させない理由があるのかもしれず、その場合は相手に僕の言動に”No, Thank you.”と否定するコストも生じる。僕のミスによって相手が割りを食うのだ。それでも、前者においては指摘せずに料理が失敗する方が悲しさの方がつらいと考えたし、後者である可能性はかなり低いと考えたから指摘をした。それでもこれらの懸念に配慮をして、「もしあなたが保温などではなく煮込みを行っているのであれば、一番弱い火力では不適切ですよ。そうでないなら無視してください」という予防線を張りながら指摘をした。

 言い訳がましく書き連ねたが、別に正当性を主張したいのではなく、僕も僕なりにさまざまな面から考慮して発言に至っているということを示しておきたかったのだ。そこに突然、自分が想定したパターン以外の側面を理由とする(ように見える)指摘を行ってきて、しかもその理由を説明せずに言動を禁止だけしていけばどうなるだろうか。言うまでもなくダブルバインドが発現するのであるが*2、それを解除するための「場合分け」を行うためのヒントが何も残されていない。僕は何かを間違ったらしいということだけが手がかりである。

 ここで僕に取れる選択は二つ。解釈を放棄してどちらかの要請だけに従いもう一方は無視すること。もう一つは自分が行ってきた場合分けを検証し直し、間違っていた点がどこから生じているのかを自分で考えることである。前者はどっちを選択するにしろ定期的に他人に不快な思いをさせてしまうから極力選択したくない。しかし後者の選択を行うためには、今まで自分が長い時間をかけて築き上げてきた関数自体を全て解体し、一つ一つの部品を念入りに点検し、また再構成しなければならない。しかもどの部品が悪いのかすらわからないのだ。それを独力で行えばどれだけの時間がかかるのか、想像するだけでも途方にくれてしまう。

 また、それに加えて厄介な点が理由もなく要請を行ってきたことにより生じる。それは否応なく「わかって当然でしょう?」という主張を感じてしまう点だ。基本的に要請の理由を述べないのはその理由が明らかだからだ。「そこの醤油取って」の理由は手にしている卵かけご飯にかけたいからに決まっている。深夜3時に「音楽うるさいから静かにして」といえばおそらく眠れないから抗議にきたのであろう。同様に、僕の指摘に「理由を述べるな」というのもその理由が明らかだからという可能性が十分にある。もちろん単に説明するのがだるいだけという可能性もそれ以上にあるが、それは理由が明らかである可能性を考えなくていい根拠にはならない。

 僕は発達障害だし馬鹿だから「言わなくてもわかるでしょう」と言われれば「そうなのだろう」と思うしかない。今までの人生でも僕以外には言わなくてもわかるらしいという不安な状況には何度も遭遇したのだ。おそらくアスペの各位には経験があると思う。「言わなくてもわかる」ことがわからないなら、どれだけの時間とコストがかかろうと理論を組み立てて心でなく頭で理解していくしかない生き方が定着している。それゆえに、もし理由のない要請が「言わなくても分かるでしょう」という意図で発されなかったとしても、僕は最悪を考慮して理論を再構築するしか取れる手段がないのだ。。。

 

 前置きが長くなったが、そのために僕はコミュニケーションの方法において理由なき要請を受けると混乱し、その混乱を整理するために途方も無い時間がかかることを想像し、ひどい不安に駆られるのだ。要請をしたら必ず理由を添付しろとは言わない。要請を出す側にもそれがどんな意図であれその理由をあえて述べない権利はあるのはわかっている。

 しかし、理由を説明するコストを敬遠して説明を省略した場合、相手(少なくとも僕については)に甚大な負担とコストをかける可能性があることは頭に置いておいてほしいと感じた。現にこの文章を1時間半かけて書いて不安を言語化しないと耐えられないほどに僕は負担を負っている。せめて、(僕が指摘しない方がよかったかもしれないという要請と同じような理由で、)僕に与えるかもしれない不安を考慮して要請するかどうかも決めてほしいという感情はある。本当に強くある。。。*3

 

 (もちろん、僕が相手に配慮できていない面もあっただろうからそこも明らかにして今後の改善に繋げたいけど、その話し合いするのも面倒なんだろうな。面倒でやりたくないならもちろんそれは飲むけど、なんかこっちだけが詳しく論拠を述べての要請を行うっていう非対称性は相手側からして圧迫を感じるだろうからやりづらい。かといってたぶん僕のこの感情は特殊な例だから説明しないと理解してもらえないので、本当に難しいですね。どうすればいいんですかね。コミュニケーションやめて下位存在になって一人暮らしの人間に飼われるしかないのでは?「まーた先輩はそういう卑屈な逃げ方してー...」だってそうするしかなくない?????ごめん黙らないで、なんとか言ってくれ、おれを導いてくれよ、洞察力のある頭のいい後輩!!!)

*1:この記事を書いて考えがまとまってきたので要請はまた別に行うけれど、この文章自体が要請ではない。

*2:この場合の「指摘を禁止する」要請に相反する要請は「誰かが困っていたり誤っていたら助けてやる」という一般的な理念である。

*3:しつこいようだが要請ではない、吐き出したいだけなのだ。本当に要請したくなったら要請を明言して行うので感情を吐かせてくれ。。。