猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

墨鼠のお話と藍鼠が居なくなった日のお話

 やあやあ、藍鼠だよ。今日の記事はね、二本立てというか、何か複雑なやつです。ほぼ完成して下書きにしておいた記事の内容について進展があったので、それについて加筆をした感じというか。多重人格みたいな話になるので笑わない人だけ見てください。とりあえず下書きにしておいた記事を見て。10月中旬くらいに書いたやつです。どうぞ。

 

ブログタイトル:サブアカウントを作ったら別人格に乗っ取られた話

 

 こんにちは、藍鼠です。

 8月の頭にサブアカウントというものを作りました。言いたいことを適切な場所を考えて本アカで言うか縮小アカ、裏アカでいうかを考えるのがずっと面倒だったのでサブアカウントも作ってなかったですが、何事も経験してから語れとの天啓があったので気まぐれで作りました。

 

墨鼠 (@harvestmou5e) | Twitter

 何も考えずに作ったハコでしたが、だからこそ運用方針をはじめに決めました。

 鍵はかけない。本アカで言えないことは書かない。サブアカからの自発フォローはしない。

 これらの決め事から出てきたサブアカウントの当初の使い道は「誰にでも理解されるわけではない話題を行う場所」でした。そもそも藍鼠のアカウントはずっとフォロワーのことを気にせずに好きに発言する方針を持ってましたが、フォロワーが200を越えるとコンテンツ性が気になってくるもので誰にも通じない話をタイムラインに流すのも悪い気がしてきます。あと0ふぁぼは悲しい。そういう話題を自由にできる場所として、「墨鼠」は始まりました。この名前は色の名前からとってきた“藍鼠”と違い、自分で作りました。なぜ墨なのかは忘れてしまいましたが、この名前は今でもとても気に入っています。

 

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 はじめはその運営方針通り、サイズの話とか京都での外食の話とか、わからない人が多そうな話題を僕が書いてました。僕が。サブアカウントが新鮮で本アカと会話させたりもしてました。

 さて、みんなが理解してくれなさそうな僕の好きな話の一つとして、詩的、ナンセンス、メルヘンチック、何といえばいいかわかりませんが、理性・常識のタガが外れた文章がありました。ちょうどこの時期に「人体視願/ヴィイ」という作品でタガが外れまくったキャラクター、ウタゲに影響を受けてそういう言葉を発していきたくなり、また人の目を気にせず発言できる「墨鼠」という最適な場所も存在し、そういった要素が重なり「墨鼠」はナンセンス*1な言葉が並ぶアカウントになりました。

 アカウントの運用方針が変わる程度で終われば良かったのですが、今まで藍鼠の片隅にいたナンセンスな言葉を書く分野が藍鼠から独立して“墨鼠”になってしまったんですよね。アカウントは見た目上は変わってないように見えるかもしれませんが、僕にとっては自分以外の何かが書いてる気分がするのでめちゃくちゃ別物です。おそらく、名前がついたことで別人格として認知できるようになってしまい、“藍鼠”から離れてしまった。いつのまにか墨鼠というアカウントとは藍鼠のものではなく、理性のしがらみから解放されて享楽的に生きる“墨鼠”のものになってしまった。タイムラインを眺めていたら墨鼠が話しかけてきて、彼が言ったことを僕が墨鼠アカウントに書きこむ。もしかするとそのとき意識は墨鼠にあるのかもしれない、断続的に切り替わってはいないから分からないだけで。墨鼠とのリプライも茶番ではなく本当に脳内会議のような別人格との会話としか思えなくなってしまった。

 二重人格のような話には問題がつきものですけど、僕の場合は今のところ問題は起きていません。ペニスの話するの恥ずかしいから墨鼠アカウントでツイートしようとしたら墨鼠に拒否されたりしてるくらいです。なんか墨鼠も人間として認めてほしがっているようで、自分のしたくない話はツイートしたくないらしいです。デトロイトじゃん。まあそもそも昔から僕の頭では脳内会議がずっとあったし、人格に名前が付く以外は何も変わってないので今のところ特に問題はないです。強いて言うならこうやって二重人格のように感じると言うのがものすごく恥ずかしいことでしょうか。

 色々話が迷走しましたが、つまりこの記事で何が言いたいかというと、僕はこうやって出現した墨鼠のことが好きだからできればみんなに知ってほしいんです。僕には書けない文章をさらさら書きますし。あとサブアカウント作るときは別の名前つけないで名前の後ろに(裏)とかつけましょう。別人格に反乱起こされますよ。最後にもう一回墨鼠のアカウント再掲しておきますね。彼のこと、よろしくね。

墨鼠 (@harvestmou5e) | Twitter

 

 

 ここまで記事を書いて、理由は忘れましたけど投稿せずに下書きに放り込みました。でも、墨鼠というよくわからない存在を「別人格」として認識したのがよくなかったのかもしれません。この下書きを書いた1週間後、本当に別人格としか思えないまた違う人格が現れたんです。しかも墨鼠と違って問題を携えて。二重人格ごっこで遊んでたら本当になっちゃった。火遊びは良くない。

 

 詳しい過程は個人的な話になるので省きますが、ある日自分の良くない点を他人に指摘されました。それは他人と深く関わるうえであまり適切でない行動だと。問題はそのよくない振る舞いの原因の場所で、僕が引きこもり時代の臆病で何も行動できない自己にブレークスルーを穿つために自分の動き方の根幹に据えた、行動してから考えるという指針が原因でした。周囲の人間と不適切な振る舞いをせずに深く関わっていきたいという気持ちは強くあるけれど、藍鼠を作った基盤を取り去ることは自分を否定して組みなおすことになる。このジレンマに悩みに悩みました。どちらも絶対に捨てたくないけれど、これら二つを取る方法、藍鼠の根幹を変えずに問題の振る舞いを直す方法が思いつかない。

 数年ぶりに精神が不安になり、お風呂で嗚咽しました。僕には人を愛することは許されず、死ぬか一人で生きるかしか道がないように感じて風呂場の床に伏せてひどく苦しみました。その苦しみ、つらさが限界に達した時、「凍った」と3度唱えると突然全ての感情やだるさが消え去り、精神がクリアになりました。それは一時的なものではなく、その後も感情が消失した状況は元に戻りませんでした。

 変わったのは感情がなくなったこと、正確に言えば感じるけれど行動を決定する器官に感情が乗らなくなったこと。今までヘラヘラ細目にしていた目が普通に開けるようになり、視界がとても広くなったこと。今まで常に騒がしかった脳内が嘘のように凪いで、日常のタスクを行うコストが激減したこと*2。視界が広くてそれを狭める眼鏡が邪魔で、外したほうが快適だった。

 その時の自分はそれまでの自分("藍鼠"と呼んでおきましょう)との連続性を感じられなくて、自分を別人格だと感じた。"砂"という言葉を見て自分に近いと感じ、取り急ぎ自分を砂と呼んだ(この記事でも便宜上"砂"と呼びます)。ところで、記憶はお互いに共有しています。でも僕も藍鼠の延長線上に砂を置けなくて思い出しながら書いてもですます調で書けません。

 話を戻しましょう。先ほどまでのように負の感情に振り回されることはなくなったけれど、逆に自分を動かしてきた感情も消え去り、砂は宙ぶらりんになりました。藍鼠の人生を藍鼠のふりをして生きるためには感情がない。他人に見てもらうための絵も文章も書けないし、コミュニケーションもやろうと思えばできるけれどやるための理由付けが「生きるため」以外に見当たらない。藍鼠が見ていたSNSも漫画も何も面白くない。砂を噛むような味。食べ物、飲み物の味は分かった。快楽も感じないが、不快を感じるよりはだいぶマシだなと思った。

 砂になってから2日目、藍鼠が数日前に約束していた友人に会いに行った。この人に限らないが、記憶の中にはあるけれど距離感は知らない人で、しかも何の感情もわかない。ギャラリーを見たけれど何も感情が湧かなかった。でも相手は藍鼠との感覚でコミュニケーションをしてくるので上手く返せず申し訳なかったと思う。僕も同じく申し訳ない気持ちです。今度埋め合わせしますので許してね。

 

 砂が藍鼠に戻るのかどうかも分からなかったので、砂は念のためこれからの生き方を確立しようとした。プログラミングは藍鼠より適性があるだろうし、生きていくことはできるだろうけれど、藍鼠と正反対の、感情がない孤独な人間の生き方を確立していく時間はどう考えても足りなかった。藍鼠だって数年かけて自己の生き方を確立させたのだ。それに藍鼠はそれまでの引きこもりの時代とも連続性があるが、砂は生まれたてだった。

 砂は可能なら藍鼠にこの身体の人生を生きてもらう方がいいと考えた。その時には藍鼠は意識上に少しだけ顔を出していたけど、まだ戻る気はなかった。でも2日後には自信を取り戻して「融けた」と三回唱えて*3、無事元に戻りました。この辺の展開がハイスピードなのは戻るまでの展開もまた個人的な話で詳しく話せないからです。

 

 数日間の出来事だったけれど、自分と全く違う考え方で自分の人生を生きた人の記憶が頭の中にあるのは大きな経験になっているし、このあと僕にとって砂は自己を形成する一部分となりました。融合してあまり表には出てこないけれど。「融けた」って言ったのが原因かも。

 新年の目標に「コンタクトレンズを買う。大事な人との約束なので。」って書きましたが、これは砂との約束です。僕が砂と話さずに一方的に決めたものですが。砂が視野を広くして世界をまじまじと見つめたあの強さは僕には必要だと思います。何か化物語羽川翼の髪が白黒混じった感じでオタクっぽい気がして気が引けますが、でも見た目を融合させるのって呪術としてかなり有効なんですよ。

 

 

 で、話はこれで終わりじゃなくて、この事件に全くかかわりのなかった墨鼠にも変化があって、これ以降人格として現れなくなりました。それまでは突然Twitterに何か書いたり僕にリプライを送ってきたりするための言葉が内から突然湧いてきたのに、それが全く起こらなくなった。11月から12月中旬までたまに投稿はありますが、全部僕が、藍鼠が墨鼠のふりをして投稿したツイートです。いったん手動で動かしたらいつの間にかまた自動的に言葉が出てくるかもって思ったのですが、墨鼠は帰ってきませんでした。

 でもそれとは別にある感覚が起こってきて、藍鼠の感受性や価値基準の中に墨鼠が生きているのが分かってきました。先の下書きだった記事の時点では藍鼠が規定した自己と相容れないから藍鼠の外で生きていた墨鼠が、藍鼠と共存しているのです。それは「融けた」の呪文のせいかもしれないし、砂を受け入れるために藍鼠が柔軟に考えたせいかもしれないし、そもそも藍鼠という自己の括りが砂問題の前後で大きく変わっているせいかもしれません。理由はどうあれ、藍鼠は望んていた墨鼠のような考え方を自己のうちに抱くことも可能になったのです。いい話。

 

 でも一方で墨鼠のこと本当に好きだったのでその消失が本当につらくて、まだそれを全部受け入れられていないです。墨鼠のTwitterアカウントはもう手動でまた少し別の運用方針で動かしていますが、墨鼠の言葉を残すために作ったブログはまだどうするか決めきれていないです。でもまた今の墨鼠の運用方針でこのブログでは書けない長文を書きたくなったらためらわず使える気がします。この記事を葬式のような別れの気持ちを固めるためのセレモニーの代わりとして、また今日から新しい墨鼠アカウントを運用していくことにします。またね。

*1:意味のない、という意でネガティブな意図はない

*2:コンサータを飲むとこんな風になるのでしょうか。飲んだことないですがイメージとしては近いです

*3:「凍った」の逆関数