猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

190126 性自認、不和、自分語り

性自認”という概念が未だに実感を持って理解できない。誤解のないよう断っておくが、身体の性と性自認が異なる人を認めないという意味ではない。自分の性自認について全く分からないのだ。

身体の性は自分の身体を見れば一目瞭然で男性のものだと分かるし、セクシュアリティもおおかた女性に指向しているのも自分で分かる。でも性自認って何だ。僕はペニスが付いているから男性じゃないのか。今までそう思って生きてきたのだが。

 

ジェンダーについて学んでいると、身体の性と自分のイメージとしての性別が違うことにひどく苦悩する人たちの体験がいくつも出てくる。そういった人たちのために性自認はあるのだろうし、そういう人が自分は◯◯の性別なのだと言えるのは理解できる。

自分の性別が自分で決められるなら、じゃあ僕はどうなんだ。僕は今まで男性として生きる中でいくつも違和感のようなものを感じてきたが、決定的なものはない。でも男性と言い切ることができない程度には不和があるのだ。

 

こんなこと言ってても何も通じないな。感じた不和から書くか。

自分の属しているグループやサークルにおいて女子会が行われた話を聞くたびに悲しくなる。みんなで豪華なお茶会してたり美味しそうなレストランで楽しくご飯を食べている写真を見ると疎外感を強く感じてしまう。僕もそこにいて然るべきという感覚があるのになんで無視されてるんだろう。みんなジェンダーの話に明るい癖に僕には話すら回ってこないのかよ。

という気持ちがありつつもその気持ちは分かる。僕が性自認を男性と言い切れないと心の中で思っててもそれは当然あまり他人に通じてないだろうし、仮に参加しても異物感を覚えられるだろう。それなら僕も参加しても楽しめないだろうし、仕方のないことだ。

仕方のないことだとは思うけれど、それでも自分がその場にいないことに強い違和感を感じている。身体は男性だけど、性的指向も女性に向いているけど、男性の集団にいるより女性の集団にいるほうが違和感がない。安心する。いるべき場所にいる感覚。この感覚を理由にして女性の住む場所で許可を取り眠ったことが第三者に伝わったときに本当に気持ち悪がられて泣いた。これも同様にジェンダーに理解のある人間に。身体の性が男の人間が自分は女性だと思うって言うのはよくて女性の集団にいるほうが違和感がないって言うのは駄目なのか??

 

思い出せば子供の頃も女の子と遊ぶことが多かった気がする。特撮とかドッジボールとか昆虫採集とかに全く興味が持てず、男の子の趣味は暴力的だと思っていたのは覚えている。かといっておジャ魔女も見てなかったしイラストもピアノもできるほど器用ではなかったのだけど、男の子よりは女の子の輪にいた気もする。小さい頃の記憶がかなり朧げなので都合がいいように捏造されてるのかもしれないけど。さらに都合がいいようにつなげるなら、お洒落なもの、綺麗なもの、カワイイものに興味を持っている現在の趣味もどちらかというと女性的なのかもしれない。

でも男性であることを有効活用しているのも事実で、スーツやらハイコントラストモノクロファッションやら、シャープな印象の男性的な服を着ることを好んでもいる。男性の集団に混じることでその集団でしか不可能なコミュニケーションを楽しむことがあるのも確かだ。女性らしいファッションだって全てを纏いたいとも思わない。自分に似合う服を着たいというのが第一なので、フリルが大量にある服や、スカート全般はあまり着たいとは思っていない。

 

結局、自分の性自認について確かなことが何とも言えないのだ。セクシュアリティは女性に向いているわけだし、女性の中に入りたいのは性自認が女性だからではなく、ハーレム感を味わいたいからではないか?シースルーやパステルカラーの色調の女性的なファッションを着てみたいと思う一方で、男性的なモノクロシャープな服だって着てみたいのなら単に男性も女性も味わいたいという強欲さを持っているだけという話ではないか?性自認が「男性でない」だと言い切ったとして、それは性別が二元的であるという古い考えに対する逆張りで、流行に乗っているアピールなのではないか?これらの自問に答えが出せないでいるし、そして何よりも、男性的な文化でノリきれないものがあることは男性でないことの証左にはなりきれない*1。そんな中で性自認なんて言い切れる気がしない。こうして僕は判断を先延ばしにして今日もとりあえず男性として生きていくのだ。

アイデンティティが定まらないのもつらいっちゃつらいけど、自分からアピールしていかなければ周囲は僕を男性として扱う。それに仮に「男性ではないです」と周知したとして、周囲にとってそんな人がとても扱いづらい存在というのは容易に理解できる。僕だってトランスジェンダーの人に対しては対応に困ってしまうし、性別が無とかになると前例がなさすぎてわからない。結局まだ世界は性別を中心に回っているわけで。そうすると性自認を確定させたとしてあまり変化はないのかもしれない。

 

適当に感情のままに吐き出したが、あまりまとまりのない文章になってしまった。まあ6桁の数字で始まる雑文なので大丈夫だろう。そもそも自分でも何が辛いのかわからなくて吐き出したわけだし。でもまとめておくと、とにかく女子会に呼ばれなかったこと、また女性の集団の中に存在したいと告白したときに男性であることを理由に一蹴されたことに対する強い憤りは確かなものだった。そしてこれからも同じ気持ちを抱き続けなければならない悲しみも。もう何も分からない。頭にロックがかかってあまり感情を思い出せないし、今日は駄目ですね。おわり。

*1:自分の属するある集団の特徴を全て備えたステレオタイプ的な人間はめったに存在せず、ある程度はステレオタイプからズレが生じるわけで。