猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

労働してから二ヶ月が経った

 こんにちは、藍鼠です。

 

 初給料、振り込まれてました。

 毎日コツコツ労働してたら大きな問題なくここまでこれてましたね。とりあえずよかった。悪い場合だと社会に馴染めなくて、即辞職とまではいかなくともこのままやっていくのは無理そう……みたいな感じになっていたと思うので、本当に良かった。まあまだ油断はできないですけど。

 

 とはいっても労働らしいことはあまりしておらず、今までずっと研修をしています。しかもなんなら対面研修は最初の数週間だけで、今は自宅でリモートで研修しています。スーツも着なくていいし、ずっとカメラを繋ぐ必要もないのでかなりゆるい。社会人なのにネイルも塗り放題。あとやろうと思えば全然サボれる。藍鼠は真面目なのでサボらないけど。(これはある意味嘘で、自主残業を先にやっておいて、貯めた時間分あとでサボるみたいなことをしてます。午前全部寝たりしてる。)

 

 とはいえ、時間を決めて長時間労働(研修は労働といえるのかな)することは初めてなので大きく影響を受けたりしてます。

 一つには自分が持つ人間への態度が変わったことでしょうか。

 同期が全然自己開示しなくて全員つまらない~みたいなことを当初は思っていたのですが、適応というか「まあそういう人間もいるし、手順を踏めば少しずつ開示してくれるんだろうな」と納得することができました。自己開示しないことに許せない気持ちみたいなのがあったと思うのですが、それが解消できたのがいちばん良かったですね。

 まあ対面研修が終わったのでコミュニケーションの機会も減っちゃったのですが。せっかく人間との関わり方を掴みかけたっぽいのでちょっと残念。

 ちなみに、同期への愚痴(?)みたいなのをブログに書いたりしましたが、見直したら普通に怒り狂ってるつまらない人間の文章だったので非公開にしました。万が一バレたら問題だしね。

 

 もう一つ感じているのは自我が薄まっているような感触ですね。

 前述のとおり自分を殺して労働しているわけではなく、実質的にフレックスタイム制をとったりプログラム研修の名のもとに好きなプログラム作ったりとかなりゆるゆるとやっているのですが、それでもやはり自分のやりたいこと以外に時間を割かれていることには変わりなく、その間は労働を行うモードに自分を変形させています。その結果として、社会の形に自分を沿わせる時間と自分が楽な形でいる時間の比がどんどん前者多めになっているのを感じています。

 それは悪いことばかりではなくて、勤務中に自我を押さえている分、勤務後の創作意欲は反動のように大きくなっていたりします。実際は疲れたり時間が無くて意欲を全部発散できてはないのですが、それでも大学にいたときより何かに打ち込む時間は増えているように感じます。

 とはいえ、ふとしたときに自分を見失うような感覚はあり、具体的には自分の一貫した価値観が思い出せなくなっています。Twitterで見たことや他人に話しかけられたことには反応できるけれども、普段から思っていることを言葉にして発信することができなくなっているような感覚があります。普段から一貫して持っている価値観がなくなって、反射でしかものを言えない人間になるのがこわい。

(まあユニークな自己像を失ったらそれはそれでユニークであることへのこだわりが無くなるので苦しくはないんでしょうけど。でも藍鼠じゃなくなるのは自分にとっても藍鼠のフォロワーにとってもちょっといやだな。)

 自分が何であるか常に意識できるような環境をデザインしていくのがよさそうだけど、どうすればいいんですかね。タトゥー入れるレベルで分かりやすい何かが欲しい。

 研修が終わり本格的に労働が始まってしまったらそれこそ自己像を失いそうなので、こうやってブログなどに考えを記したりしていきたいですね。あと、キャスかVtuberかラジオか音声媒体の何かをやろうと思っていたりするんですけど、まあその話はまた別の時にしましょうか。これは次に書くことを宣言することで次のブログ記事が書けるようにするおまじないです。


 ちなみに就職先はIT、化学、機械系など幅広いエンジニアの仕事を行う会社なのですが、希望していたVR系の仕事をさせてもらえそうです。やったね。

 上司からスキルヒアリングをされるたび、知らないスキルの存在を見せられてまだ知らないことがたくさんあることに気付かされてワクワクしてます。まだ僕は新たな知識で世界を広げられる。(こういうのマジで言っているのか自分が真面目であるという呪いをかけた結果として言っているのか分からないのでこわいです。閑話休題。)

 

 あとなんか書くことあったかな。まあ思い出したら書けばいいか。

 まとめなんですけど、他人と触れ合わざるを得ない環境に身を置くことで社会や人間の捉え方が(おそらく)少しずついい方へ変わっていて、でも同時にアイデンティティが変化し始めたりもしているので、上手く順応することで社会に適応しつつ自我もいい形で固定させられればいいなと思ってます。両取り。ふわっとしてますね。でも藍鼠ならできるよ。がんばって。

 まあこんな感じで今後も労働に自我を潰されないように適当に抗っていくのでヨロシク。藍鼠第二シーズン(労働編)、自分でも楽しみですね。

 それじゃあ、また。