葉脈と潮流

純粋さを磨き、迷わない。

週報 0302-0308

3/2 (Mon)

お友達と会ってお話しした。基本お友達の話を聞いて、まあそれについて特にここで述べることはないのだけれど。最後にネズの話になって、なんか、考えちゃった。

友人には「自我を持て」「好きなように生きろ」と言われて、素直に「どういう生き方をやめた方がいい?」と聞き返してしまった。お手本のような2コマ漫画。好きなようにと言われたのにどうするべきか訊くなよ。でも、うん、そうなんです。分からないんです。

ネズは人に誘いを受けると二つ返事でオーケーしてしまう。そういうのを断って、自分がやりたいことを優先してもいい。そういったことを言われるし、言いたいことはわかるのだけれど。それを優先してやりたいことが、ない。好きなことはある。ポーカーとか、ものづくりとか、最近は読書とか。でも、それに割くことを、自分の好きなことに時間を費やすことを、自分でも驚くくらい有意義とみなせない。価値がゼロだから、それよりは友人に費やした方がよいように思えてしまう。

ビョーキ、ビョーキです。わかってはいるのだけど、それでも自分にコストを割くことに意味を見出せない。だから、やっぱり猫を飼いたい。猫じゃなくてもいい。僕のコストを注ぐ先が欲しい。いっぱい命令してほしい。タスクが、クエストが、ノルマが欲しいの。ねえ、僕を使って。


ポーカーについて考える。僕の自我を殺した原因の一つはポーカーだから。ポーカーの理想は、自分の弱点を消しながら踊り、敵の弱点には適切なプレイで刺すことであり、そこに「こういうふうに勝ちたい」というこだわりは不要だから。プレイを偏らせることは自分の弱点を曝け出すことだし、一つの勝ち方しか目指せないなら敵の弱点をつけない。だから、自分のこだわりを捨てて、そのとき最善のプレイをすることに集中する。

ポーカーに「正着」があることもよくなかった。自分の考える良いプレイより、もっと正しい選択が常にある。自分のプレイを最善に近付けていくといえば聞こえはいいけれど、それは自分の気持ちの否定でもある。

でも、それが心地よかった。正しいプレイに自分が近付いていくことは、まるで祈りによって信仰する対象と同一化していくようで。自分を殺すことが、自分が消えて「正しさ」に変わっていくことが、救いだったのだと思う。

一応言うと、ポーカーが悪かったのではない。見ての通り、ネズの望みがそもそも自我を押し殺すことで、ポーカーがそれを加速させる触媒になっただけではある。でも、ポーカーに出会わなければもう少し病気の進行も遅かったのかも、と思う。ま、いま考えても仕方ないんだけど。


うにゃー、よくない。自我が欲しい。どうやったら自我があるように見えますか? 自我があるとみんなに好いてもらえるので、あった方がいいかなと思うんです。

ほんとうに、こんなおばかなことを考えてしまう。この矛盾した考え自体がみんなから見てよくないんだと気付いて、泣く。自分のために生きるって、なんなんだろう。ねこちゃんにこの人生を捧げるしか、したいことがない。ごしゅじんさまだいぼしゅう!(そんな悲しそうな顔をしないで、ネズ。)

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3/3 (Tue)

最近ティアキンをしている。ゼルダの伝説ティアーズオブキングダム。クリアはしたけど世界を巡り切ってはいなかったので、続きからやってみている感じ。

楽しくはあるけど、プレイした後の後悔がすごい。別に何かが悪いわけではなくて、ゲームに没頭している自分を肯定できない。無駄に時間を過ごしたと思ってしまう。向いてないな。

ここ一、二年そんな感じだ。いつかまたかつてのようにゲームを遊べる日が来ると思っていたけれど、ずっとこのままなのかな。残念だとも思わないのが残念。あんなにゲームが好きだったのに。素直に好きなものに触れていればいいのかな。わかんないや。


3/4 (Wed)

うたプリのアニメ1期を見終えた。見事にST☆RISHのオタクになりきってしまった。プリンスさま!!!

第一話、このアニメはST☆RISHのデビューライブシーンが先行して流れるところから始まる。時系列的には1期の最終話でデビューするので、最終話で同じシーンがもう一度流れる。このライブでは楽曲「マジLOVE1000%」が観客の合いの手を含めて流れるのだけれど、第一話を見た段階での印象はその合いの手は知らない人の合いの手という感じだった。女性ファンがいるんだなーという感じ。最終話、ST☆RISHが結成して心が一つになったのを見た僕は、気付いたらその合いの手の中にいた。ST☆RISHのその輝きの中に、参加したい僕がいたのだ。

ST☆RISHは、光だ。その優しさで、輝きで、僕を、みんなを受け止めてくれる。それがわかるのは、主人公の女性キャラをよく描いてるからだ。

最終話、主人公の七海は挫折し一度実家に帰る。大好きなおばあちゃんに挫折を話し、それでもST☆RISHのみんなと向き合うことを決める。これでAパートは終わりだ。男の子キャラを描くには不要な描写に見える。でも、ST☆RISHのみんなが七海にどんな気持ちを与えて、七海がそれにどう振舞って、さらに男の子たちがそれにどう応えるのか、そういったラリーを描くことで「ST☆RISHのみんなと僕」という関係を想像できるのだ。七海に底抜けに優しい彼らは、きっと僕にも優しくしてくれる。僕の前でも輝いてくれる。その胸で、優しく抱き止めて。手を繋いで。そんな気持ちになっちゃった。令和8年に、うたプリにどハマりを!?!?


男の子に優しくされたいよおという気持ちで過ごしてたら電波が飛んできた。

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オリジナルキャラクターの女の子、悠梨と鈴が男の子だったらどんなだろうって。悠梨くんはね、素直にかわいい。やさしくて、たまに見せる笑顔がかわいくて、ちょっといじわるするとかわいく照れる。子犬みたいな男の子。猫耳だけど。

でも、それはよくて。鈴くん!?!? それはもう、ただ人を狂わす美少年じゃない。『ベニスに死す』のタージオのように。こんなに近いのにふわりふわりと手をすり抜け、どこまで行っても魅了する。鈴ちゃんと違って、ただ受動的ではないから、鈴くんには本当に狂わされる可能性がある。こわいよ。もうすでにメロメロだもの。鈴くん、こちらを向いて笑って、ねえ。「エリーゼのために」を出鱈目に弾いてよ。


3/5 (Thu)

出社。女の子の3Dモデルにカワイイポーズをつける仕事をした。たのしい! こういう仕事が続けばいいのに。続いたら続いたで困るんだろうけど。

「私を構成する9つのゲーム」について、貼るだけだと不足だと思って補足の文章を書いた。ら、7700字のブログ記事ができた。これを公開する頃には出てるはず。みんなも9つ並べるだけで満足しないで、それがどうあなたの魂を作ったのか教えてよ。僕はひとの歴史を食べて育ついきものだから。

 

3/8 (Sun)

金曜と土曜の日記はお休み。なぜかというと、エルデンリングをやっていたからです。ゲームの記事を書いて、ちゃんとゲームをやり直したほうがいいのかもしれないと思って、買うだけ買って積んでいたエルデンリングをダウンロードして、進めることにした。

金曜夜と土曜一日、日曜の午前まで合わせて20時間ほどやり、そして、やめた。やめました。やってる自分が嫌になったので、これ以上進めないほうがいいと思って。

別にエルデンリングが悪いわけではない。たぶん良いゲーム。良い意味でダークソウルより難易度の勾配が登りやすくて、やっていて楽しい。素直に、ネズの性質で過集中になってしまって、変に疲労するのに耐えられなかった。昨日一昨日と日記がないのはそのせいです。

昨日も一昨日も夜遅くまでゲームをやめられなくて、起きたら疲労がすごくて、他のこともできなくて、でも続きはやりたくて、そういう自分が嫌になって、やめました。たぶんしばらくはゲームをしないかも。

やだな、かなしい。ゲームが好きだったのに。ゲームを自分の魂の中心に置いて過ごしてきたから、自分がそうでないものになったのがショック。人は変わりゆくものだとはいえ、ね。


あとは、新しいフライパンを買った。レミパンプラス。コーティングされてると便利でいいね。前のフライパンは焦げ付いてオムレツが作れなくなってたから、買い替えてまた作れるようになりました。あと、大きいからパスタとかも茹でやすい。たくさん料理するぞー。

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おわり。やっぱり何もしない生活というか、ゲームをする暮らしは諦めたほうがいいかも。猫に捧げるか、創作をするかしよう。絵を描こうかな。もしくはメイド服を作ろう。そういう三月にする。

それじゃ、また。おやすみなさい。