葉脈と潮流

純粋さを磨き、迷わない。

ぼくの猫が神さまになるまで

この記事は2025年5月25日の関西コミティア73で頒布された合同誌『YATTERU!』に寄稿した画像8枚の連作となります。許可をいただきましたので、寄稿部分について全体公開いたします。明日、9月14日に開催される文学フリマ大阪13で『YATTERU!』のvol.2が頒布予定なので、お近くの方はぜひ。僕も小説で寄稿してますゆえ。

インテックス大阪にて。ブース「た-66」!

なお、これらの作品は撮影した写真と自作の3Dモデル、blenderのみで作成しております。写真の引き伸ばしや被写体の削除など補助的な用途を除き、AIは使用しておりません。

それでは、どうぞ。

 

 

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ぼくの⽩猫が⼈のかたちになった。でも、なんか、ちいさい。あと借りてきた猫みたいに⼈⾒知りしてる。これまでの関係性がいったんリセットされるんだ。かわいい。

 

 

 

成⻑した。態度もふてぶてしく、あざとくなった。かわいい。カメラを向けるとちゃんと意識して視線をくれる。いい⼦。

 

 

 

………まだ成⻑してる。ドアを通るたびにちょっとかがんでる。⻑⾝なのかと思っていたけど、そうではないのかも。相変わらず写真には付き合ってくれる。⼤きいのに。

 

 

 

鴨川を散歩したとき。春の川が適度に冷たく、楽しそうにばしゃばしゃと⾳を⽴てて遊んでいた。⾳が⼤きいのですごく⽬⽴つ。⽬⽴つのは⾳のせいだけではないかもだけど。

 

 

 

猫みたいなキラキラでウズウズしたおめめ。アーケードを通る⼈たちをネズミみたいにその⼤きな⼿で捕まえたりしないかひやひやしていた。杞憂に終わったけど。やさしい⼦。

 

 

 

歩道にいるぼくを⾒つけて⼿を振ってくれたとき。気付けば⼤通りすらふさぐ⼤きさになってしまった。ちゃんとこのあと警察に「道をふさいではいけません」って怒られた。

 

 

 

⼤雪で⾒えなくなったけど、ちゃんとこっちに⼿を振ってくれて安⼼した。でも勘で⼿を振っていたらしい。このあたりからぼくを認識してくれないことが増えた。

 

 

 

まだ彼⼥は成⻑し続けている。もう個⼈を区別できないので、代わりに⼈々をあまねく⾒守っている。ぼくは今⽇も彼⼥を⾒つけては勝⼿にシャッターを切っている。今では街を歩く⼈々がみんな彼⼥にカメラを向けてるけど、かつて、あの⼦はぼくの猫だったんです。