猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

政治の話がこわい

 朝起きたらTwitterのみんなが「#検察庁法改正案に抗議します」のタグをつけて呟いていた。普段政治の話をしない人間も含めて幅広い人間がその話をしていて驚いた。

 で、僕はそれを見て無性に怖くなって泣いてしまった。

 

 どうも昔から政治の話が苦手だ。政治の話を頻繁にする人間とは距離を取ってしまうし、タイムラインも無意識のうちに政治の話をしない人間が多くを占めている。*1

 

 その上で、僕自身も政治に全く参加していない。選挙にも行かないし、普段から新聞などで情報収集などもしていない。むしろ意識的に距離を取っている。

 それには理由があるはずなのだが、今まで政治の話をする人間がとにかく苦手すぎてあまりまともに向き合ってこなかった。でも「人間は政治に参加するべきである」みたいな言説が飛び交う中でただ「僕は政治をやりません」とだけ主張するのは許されない気がするので、せめて言い訳をさせてほしい。ちゃんと向き合ったので。

 

 

 結論から言うと、政治には多くの場合「怒り」が付きまとうから苦手なのだ。

 僕は怒りの感情がとても苦手だ。怒っている人間の有り余るエネルギーを自分で制御できていない感じがこわい。制御できていないためか論理も少し無理やりな感じで、話が通じそうにないところも苦手だ。

 

 もちろん、政治の話全てに怒りが付随するわけではない。しかし、政治はそもそも「よりよい社会を作っていく」という性質上、現状への不満から出発するのだと思う。そして人間は不満を目の前にした時に憤り、制御がきかなくなる傾向がある。

 結果的に、政治の話をしている人間は高確率で自分を制御できていないことになる。

 つまり、政治が苦手なのではなく、怒りの感情が苦手だったのだ。

 

 付言しておくと、政治の話が高確率で怒りの感情を伴うからと言って政治の話をする人間を全て遠ざけているわけではなく、一つ一つの発言を見て怒りが付随しているかどうかは確認している。

 その上で怒りを制御できてない人間だけ距離を置いているが、その判別が付かない場合不安を覚えることになる。

 

 今回の件で言うなら、「検察庁法改正案に抗議します」の"抗議"部分と、ハッシュタグのみで本人の主張がくみ取りづらいところが不安を煽ったのだ。抗議には高確率で怒りが伴うし、怒っているのかどうかを確かめようにもハッシュタグだけではどうとも判別がつかない。

 結果として、普段怒ってない人が突然怒りに支配された可能性が否定できずに恐怖を感じたのだと思う。*2

 

 このように、僕は怒りを極端に恐れている。それは他人だけではなく、自分の怒りについても同様である。自分の中に怒りが生じそうな場合、かなり強引にそれをねじ伏せている。
 具体的には、自分と世界との間に不和が生じた場合にこちらが折れるようにしている。不満をそもそも抱かないようにしているのだと思う。

 基本的に自分の外にあるものに自分が介入できる(例えば相手を説得して自分の意見を通せるなど)とはほとんど思っていない。全てがしょうがないことなのでこちらが適応するしかないのである。

 

 そんなわけで政治との相性は最悪である。世界に生きづらさを感じていたとして、弱い自分にとっては世界に介入することなんてできなくて適応するしかないのだ。

 むしろ僕はマゾヒストなので世界というものはそれを克服するゲームのようなものだとすら思っているので世界に異議を唱えること自体ナンセンスに思える。ゲームが難しいからって制作元に抗議して難易度を下げてもらったりするだろうか。(個人の感想であり他人の思想や行動を否定する意図はありません。現実はゲームではない。)

 それに、怒りの感情を殺しているので政治をやる原動力もない。自分で正しいと思える判断を下すまでに必要な情報収集や思考をする気力が無いのだ。(そう考えると人間が政治をやるには多くの場合怒りのエネルギーが必要な気もしてくる。難儀ですね。)

 

 結局、政治をやっている人間を否定、非難する気は全くない。人間は社会的な動物らしいし、おそらく政治をしている方がちゃんとした生き方なのだとは思う。

 でも、その一方で僕のような根本的に政治に向いてない人間もいるのだ。

 だからどうか、僕を赦してくれ。政治に参加しろっていう同調圧力がどうしても怖いんだ…

 なんか格好悪くなっちゃったけど、一番思ってるのはコレなんだよな。政治ができない人間に対して政治をさせようとしたり、政治をしない人間を排斥しようとするのが一番怖い。そこには怒りがあるというのもあるし、勝手に人間の条件として政治をすることを決めつけてくるのも嫌だ。ちょっと僕に憤りが出てきたのでこれ以上は言わないけど、政治ができない人間もいるということも考慮してくれるとうれしいなと思う。

 

 というわけで、僕は政治をできないし、やりません。僕にとっては政治をすることより、怒りから自分を遠ざける方が優先度が高いので。
 自分勝手かもしれないけど、この優先順位にケチ付けさせる気は全くない。それが人間の自由ではないのか。自由に対して責任を取る気も(たぶん)ちゃんとあるし。

 もう少し世界が政治のできない人間にやさしくなりますように。祈って終わりにする。

*1:全てダメなわけではなくて、大丈夫な人もいる。

*2:フォローしている人間は怒りに溺れない信頼できる人たちなので実際には杞憂なのだろうが…