猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

卒業エントリ

 2020年3月、京都大学を卒業します。

 せっかく一つの重要な区間が終わったのだから、エントリでも書くことにしました。とはいえ、ただの卒業エントリだと面白くないので、藍鼠らしく(?)不登校に関連させて書いていこうと思います。

 

 

 簡単に経歴を。小学五年から中学三年の夏まで不登校でした。中学三年の夏からは特別支援学級に、高校では通信制高校に通っていたので「普通の」学校に通うのは(浪人の2年含めて)10年ぶり。わーお。そんなわけで、ようやく一般的な学校に戻れるという喜びとともに、僕は4年前に京都大学に入学したのでした。

 

(以下、書きやすいので基本だ・ある調で書きます)

 

 四畳半神話大系では「大学入学時違うサークルを選んでいれば…」という台詞があるけど、僕の大学生活も入学直後に確定していたのかもしれない。というのも、入学後の全学共通科目か何かの説明会は途中で気分が悪くなり途中退室したし、ビラロードも耐えきれず健康診断は後日別に受けたからだ。

 (ビラロードというのは京都大学の悪しき文化の一つで、新入生が健康診断に数十分ほど並ぶ列の左右から様々なサークルの人間が取り囲み、新入生のパーソナルスペースにズカズカと踏み込みながら拒否できないコミュニケーション(ビラ渡し)を繰り返すという非人道的な文化です。僕は3分で耐えられなくて出た。吐いた(比喩)。ビラロードをぶち壊せ。新入生の人権を守れ。)

 

 そんなわけで、無数に広がる薔薇色のキャンパスライフ?への道を選ぶ土台にすら立てずに僕の大学生活は始まった。というかサークルも特に興味があるものがなく、そういうこともあり1年目はサークルに所属することもなかった。

 同好会っていうけど、本当に好きな人たちの会なの?とか、他人とコミュニケーションするために趣味を足がかりにしてるだけじゃない?とか思っていた。不登校の時分に理性で感情を殺して大学入学のために必死に頑張っていたので趣味を楽しむ心が死んでいたのだと思う。というかいまも死んでる。趣味って何???

 

 

1年目

 大学入学と同時に吉田寮に入寮した。サークルに参加しなかった代わりに吉田寮を中心に交流はあった。吉田寮生は寮に引きこもるので寮自体がサークルのようなものだった。これはこれで結構楽しかった。というか今でもたまに行くけど。

 吉田寮陰キャの集団なので不登校でも馴染みやすかったというのは絶対にある。この寮を選んだのは運がよかった。熊野だとこうはうまく行ってなかった。

 

 授業に対しては初年度が一番やる気を出していた。かなり幅広く授業を取ってたし、量も多かった。25コマまで登録できる中で21コマくらい登録してた。このころ集めた60単位くらいのおかげでいま卒業できているので感謝している。本当に。

 多分このころは学校というレールに復帰できたことで自信過剰になっていたのだと思う。そう考えないと授業に出まくれていた説明がつかない…

 

 でも出られなかった授業もあった。英語の授業が実は無理で、2年生以降に再履修をした。英語が出来なかったとかではなく、生徒の履修態度が気持ち悪かった。英語の課題発表が大喜利コーナーになっていて、授業の構成員全員(というか僕)に許可を取ってるわけでもないのに勝手に授業をキモい感じにされたのが嫌だった。

 

 こういうクラスっぽい雰囲気になじめなかったのも社会不適合エピソードっぽい。そういえばクラスの雰囲気にノリに全く馴染めずクラスと学部のLINEグループを7月に抜けたのを思い出した。(この短いエピソードで大学生活全部象徴してない?)

 それからは同じ総合人間学部の知り合いは殆ど吉田寮生だけになってしまった。クラスで友達を作る方法というのが全く分からなかったんだったな、今思い出した。

 

 

2年目

 1年目に自分は学問大好きだと思って幅広く授業を取った結果、実は大学の学問に向いていないことが分かった。例えば物理は大学受験ではかなり好きだったが、解けるように設定された問題を解くゲーム感が楽しかったのであって、物理の諸法則には何の興味もないことがわかった。数学や化学、というか理系科目全般がそう。

 あとは出典やエビデンスを執拗に求めてくる雰囲気が合わなかった。エビデンスがなくても確かっぽかったらよくない? 大学入学まで、自分は学問の人間だと思ってきたので、現実との違いに絶望してしまった。

 

 自分に絶望しつつも、ジェンダー系の授業や社会学、心理学が比較的楽しかったのでこれらを中心に取っていく。プログラミングも楽しかった。このころ人工知能に興味があったが、やはり理論には興味が無く人工知能の授業の単位は落とした。

 

 サークルの話をするとこの年にはサークルクラッシュ同好会にも入っているので人間とのつながりゼロというわけではない。ただやっぱり、一風変わった人たち(失礼?)の中にしか馴染めないというのはこの先の社会生活が少し不安になってきますね。

 

 

3年目

 座学が本格的につまらなく感じてしまうようになった。自分の特性として、話を聞いてるだけではなかなか知識が身につかないというのがあるらしい。つまり、実践の中でしか何かを身につけられないみたい。あと試験を解くのがかなり苦手(ノートが取れないせい?)で、試験一発の授業を取らなくなる。

 この辺、学校に行っていれば授業を聞く能力を10年以上かけて養成できて、回避できたような気がしている。学校での社会化はやはり威力絶大。


 また3回生になってゼミに出れるようになったのもあり、ゼミ系の授業を中心に取る。しかし難しいゼミでは付いていけず、簡単な基礎ゼミ(1回生から出れる)では高校生みたいなノリに虫唾が走り(またかよ)、取得単位はさらに減る。もともと3年目には全ての単位を集める予定だったが、10単位ほど残してしまう。

 自分にムチ打つことができないのは不登校のせいですか。それとも関係ないのかな。不登校のせいで体力が大きく落ちているというのはあると思うけど。

 

 

4年目

 授業に馴染めない上に取れそうな単位を大方取りつくしているので単位取得に悩む。残りは自由科目だけのはずなのに、どうして… いや、ほとんどの授業にアレルギーが出てるからなんだけど… いわゆる楽単なら取れそうだったけど、それも人が多すぎて無理だった。人多いとキモくない? 人が多いだけで授業に出れなくなるのでかなり終わってきている。

 結局前期で6単位、後期で4単位を取ったけど両方ギリギリだった。お情けで貰ったような単位もあり、それでギリギリ卒業できるというのはかなしくなってくる。


 卒論も最終的には出来が微妙なものが出来てしまい、単位は貰えたけども自分のアカデミックな学問との合わなさを象徴づけるような結果になってしまった。
 そう、エビデンスを付記することを執拗に求める大学の学問は、その点が全く自分に合わなかったんですよね。それが確からしいことより確かでなくても現実で使えるかどうかの方が大事に思えてしまう。

 

 そういうこともあり、もともと行く予定だった大学院への進学を急遽取りやめにして学部で卒業することにした。予定していなかった就活に戸惑い、スタートが遅れたせいもあって内定は取れず。鬱になるエピソードってのは重なりますね。

 

 

振り返って

 一般的な学校というレールにようやく戻れる!これで社会復帰だ!と思って蓋を開けた大学生活は、終わってみれば自分の社会不適合具合を見せつけられるような無様な結果に終わったのでした。京大の中でかなりゆるい総合人間学部でこれだからね。必修の科目がもっと多い他の学部だったら確実に留年してた。

 いや、四年で卒業できただけ良いとは思うけどね。でもどっちにしろ社会に馴染めてないのは変わらないわけで。もっと派手に破滅していれば逆に障害年金などで生きていく気にも慣れたかもしれないのに。

 

 あと、不登校には特に関係ないけど、何らかの集団に所属することってコミュニケーションを円滑に行うために本当に大事なのだなと四年かけてようやく気付いた。集団に所属するだけで自分の性質を代弁できる*1ため、初対面において情報的に有利に立てる。

 サークルにも資格探しにもそんなに熱を込めてこなかったが、最近はコミュニケーション時にいちいち説明する手間や、就活の面接で短時間に自分のアピールができない点で少し後悔をしている。いつまで経ってもコミュニケーションがうまくなれないな。

 

 中途半端で社会か非社会かどちらにも属せず不安定な生き方をこれから続けていかなければならないことを思い知らされた4年間だった。不登校が無ければあるいは変わっていたのかもしれない。不登校の呪いは思っていたより長く尾を引くようだ。

 (それとも、僕は不登校を言い訳に逃げているのだろうか? 例えば不登校が無くたって自閉症を患っていることに変わりはないし、仮に不登校を経験しなくとも同じような結果になっていたのではないか? わからん。思考停止。)


 振り返るつもりが鬱々としたことばかり書いてしまった。卒業エントリがこれで良いのか?たぶんよくないだろう。四畳半神話大系ではここで時間が逆回りするけど、僕の人生はどうでしょうね。いまのところ時間は前にしか進んでいない。

  いや、逃げるなよ。前に進め。進むぞー。とりあえずバイト探さないと…

*1:例えば文芸サークルに入っていれば読書が好きであることをすぐに伝えられる