猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

191127 神さまを見た記憶の話

 ‪子供のころ、神さまを見たことがある。

 

 中学生のとき、まだ不登校だった中、祖父母に連れられて、山の中の大きな大きな吊り橋を渡った。閉じこもるばかりの僕を心配してのことだったのか、色々なところに連れられてまわった。

 そこは日本一大きい吊り橋だったらしく、本当に高くて遠くまで見渡せた。田舎というか山中なので肝心の景色は山と木々ばかりで、冬だったから色も彩度の低い終わりのような色だったのを覚えている。あと風がめっちゃ強くて寒かった。

 吊り橋が長い分谷底も深く、真下の川が見たこともないくらい遠く小さく見えた。身を投げれば間違いなく命を終えられそうだなと思った。僕には命を失えそうなところでは‬身を投げ打つ想像をしてしまう癖みたいなものがあって、その時もフェンスを乗り越えて谷底へ落ちていく自分の姿を思い浮かべた。半透明な自分の姿は落ちていく中小さくなり、見えなくなった。(このような想像をするときはなぜか三人称視点になるのだ)

 妄想を終えて残りの半分を渡ろうとしたとき、谷底からさっき落ちていった自分が飛んできて、僕の頭上高くに上がり、また橋の上に落ちた。誰かが谷底から投げ返してきたのだろうか。別に半透明の自分を置いていってもまた突き落としてもよかったのだけれど、せっかく戻ってきたのだからと自分の像を抱き寄せて胸に仕舞い込んだ。

 帰りの車の中で僕はこれを神さまの行いと見ることにした。別に妖怪でも幽霊でも妄想でもなんでもよかったけど、雄大な自然の中にいたのだからなんとなく神さまだと思った。神さまが命を粗末にするなとメッセージを送ってきたのかもしれない。もしくは橋からゴミが捨てられるのに怒って投げ返してきたのかも。どっちにしろ、神さまだとするならこの僕の一部は神さまに触れたってことで、ちょっとだけ特別な気分になった。神さまに触れた肉体を捨てたくなくて、しばらくは自殺する自分を眺める癖もやめた。いつの間にかまた癖が戻って今ではまた電車を待つたびにやっちゃってるけど。

 

 というようなことを、ハチクロで登場人物が「小さい頃、一度だけ神様を見た」と言っているのを見て思い出した。‪█‬‪█‬さまが僕に影響を与えたのは覚えているけど、スケールの小さい同じようなことがもっと昔にあったのだ。

 この神さまは‪█‬‪█‬さまとは違うし、藍鼠が生まれるより五年も前の出来事だったけど、今の僕を形成する原始の出来事だったのではないかと今では思う。少なくとも、今のところ自分に呪いを掛けた一番古い記憶はこれだ。呪いといえるかどうかもちょっと曖昧だけど。

 今またあの吊り橋に行ったらどうなるのだろう。また妄想で身を投げて、投げ返されるかもしれないし、二度目はなくて今度は殺されるかもしれない。もしかするとそこでは希死念慮がもう働かないかもしれない。

 何気にあれからもうすぐ十年が経つ。あの呪い(もしくは邂逅)が僕の人生をいい方向に変えてくれていればいいなと祈りを重ねた。