「竹中さん」
「なんですか」
「突然ですけど、僕、恋愛したいんですよ」
「はあ」
「恋愛という物をね、体験してみたいんですよ」
「二度も言わなくていいですよ。
...一応聞いてあげますけど、何でいきなりそんなことを?」
「何でって、ええと、誰かを好きになるってことはさ、その人のものの見方や考え方、つまりはその人の価値観が好きってことだろう?」
「まあ、そうですね」
「交際関係を持てば、相手は天衣無縫というか、ありのままの価値観を見せてくれるだろう?僕の好きな人の、僕の好きな価値観が純粋なまま氾濫する中で漂う。そう考えるだけでも素晴らしくないかい?しかも、相手から見ても僕の価値観が溢れているようであればだよ、僕の価値観は相手の価値観に侵され、相手の価値観は僕の価値観に侵されて、結果互いの価値観は交じり合うんだ!二人がお互いに価値観を変えあうなんてきっと薬をやったような多幸感が味わえると思わないかい!?」
「ちょっと、まず落ち着いて、後生ですから。声も大きいですし...
っていうか、ずいぶん変わった見方をしますね。山本さん彼女居たことないでしょう?」
「ああ、まだ無いね」
「わたし彼氏居ますけど、いま仰ったことは全然分かんないですよ」
「そうなのかい?」
「好きな人の価値観が溢れる中に居るのが幸せ、ってのはまあ、分からなくはないですけど、お互いに価値観を変えあう幸せなんてのはないですね、おそらくは。山本さんもそう思うかどうかは分からないですけど」
「うーん、そうなのかあ。人の価値観を変えるのってさ、まるで相手の運命を変えるようで興奮しない?」
「んーと、理屈はまあ、分かりますけど。でもたかがカップルくらいで大それた変わり方なんてありそうにないですよ、やっぱり。
もしかすると、恋に恋したりしてないですか?」
「否定はしないね。っていうか多分そうだろうと自分でも思うよ。竹中さんは大学生にもなった人間が恋に恋してるのをどう思う?やっぱり恥ずかしいことかな」
「いいんじゃないですか、自覚もしてるみたいですし。さっきみたいに突然興奮したりはしないで欲しいですけど。
というか、むしろ恋に恋できるときにやっておけばいいんじゃないですか?恋に恋するのって恋愛したこと無い人の特権だと思いますよ。無知なものへの憧れに勝る物は早々ないですしね」
「ふむ、確かにね。でも、それでも待ちきれないんだよ」
「分かりますけど、がっつかないほうが良いですよ。そうやって焦ってみんな恋に失望するんですから。恋への恋で満足して、これぞという人が見つかるまでは待ち続けるくらいが良いと思いますよ。」
「うーん、そうかなあ、恋愛に失望するほど期待はしてないと思うけどな」
「そんなことないですよ、人間は恋愛を自分に都合が良いように捉えてしまうんですから」
「さっきから随分悲観的だねえ。ところで、そこまで言うってことは君の彼氏は”これぞという人”ではないのかな」
「嫌な洞察力ですね。それがどうかしましたか」
「それならどうして失望してもなお付き合うんだい?答えたくないのならば答えなくてもいいけれど...」
「言うほど嫌じゃないから大丈夫ですよ。何ででしょうね。多分煙草や酒と同じなんですよ、理性が止めろと言ったからって簡単に止められるものじゃあないんです」
「ほう、興味深いね、理性で止められないなんて。その感覚はぜひ体験してみたいな」
「なら恋しましょう、そして山本さんも目一杯悩めばいいんですよ」
「おお、いいねえ。しかし竹中さんは面白い見方してるね、君となら付き合ってもいいかもしれない」
「私は嫌です」
「即答かい」
「即答です。この距離感が丁度いいんですよ、私は」
「残念だな、半分は本気だったのだけどね」