天才猫耳少女の手記

何の気なしに生きていく。

181123 早押しクイズとサブカルチャー

最近「みんなで早押しクイズ」というアプリにハマっている。スマートフォンで気軽にオンライン対戦ができて結構楽しい。肝心の問題についてもプレイヤーが問題を作って投稿できるのでバラエティに富んだ問題が大量に存在して飽きない。

 

 

さて、今回はその問題についての話。このアプリでは自分が出題された問題の履歴を見ることができる。同時に問題を評価することができ、他の人がどれだけ高評価、低評価をしたかを見ることができる。youtubeみたいな感じで。ここで評価を集めつつ、低評価の多い問題は消去される(らしい)。

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基本的にはそこそこ高評価を集めている問題が多いが、たまに低評価が高評価以上の数を集める問題がある。例えばそれは「婚約指輪のことを英語でなんて言うでしょう?(答え:エンゲージリング)」というような、問題が短すぎて同定が難しかったり、早押しに向いてない問題だったりする。しかしそういった問題よりも低評価に多いのは雑学の範疇でない問題である。

例えば、あまり有名でない音楽アーティストについて「(人名)、(人名)、(人名)の3人からなる、代表曲に(知らない曲)、(知らない曲)などがある音楽ユニットはなんでしょう?」と聞かれても何も面白くないのだ。カルトクイズなら別だが、一般のクイズにただマニアックな問題があっても面白くない。マニアックでも駄目ではないが、その分野を知らない人でもその存在をどこかで聞くことが可能なような問題でないといけないとは思う。個人的に。

中傷っぽくなってるけど愚痴じゃなくて必要な前提だよ。気を悪くしたらごめんね。

話を戻そう。そういう問題をつまらなく思っている人は少なくないのか、実際に低評価の多い問題にはアニメ、漫画、アイドル、お笑い芸人、音楽アーティスト関連のものが多い。以下は一例である。(サンプル数50くらいで少ないけど)

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圧倒的サブカル率。もちろんサブカルの問題にもハライチや関ジャニの問題のように早押しにしては情報が足りないという単に質が悪い問題もあるのだが、それにしてもやはり多い。門外の人間にとっては知らないサブカルの問題が出てくるのは隔離してた人間が施設を抜け出してきたような感覚になるのだろうか。それは言い過ぎかもしれないが、「知るかよそんなこと」という声が聞こえてくる気がするのは突飛な考えではないと思う。ボケての1:3というひどい嫌われようを見ると普通にヘイトも混じってるとは思う。

 

さて、ここからが本題なのだが、今回話題にしたいのはむしろメインカルチャーのほうである。まず次の問題を見てほしい。

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これらはランクA帯の問題で、正解率から見てもおそらく難しいといえる上に、(個人的に)あまり見覚えのない問題である*1。これらは特に低評価を受けていないが、問題の構造としては先ほどあげたサブカルチャー問題とあまり変わらないに思える。その分野(文学、クラシック、料理、浄瑠璃)の上部を撫ぜただけではおそらく届かないであろう情報で、なおかつ多くの人が愛好者であるわけではない分野についての情報から作られた問題であると思う。要するに、サブカルチャーとされていない分野のマニア、オタクの問題なのだ。

 

何故これらの問題に低評価があまり付けられないのか。メインカルチャー*2だからという理由付けで済ませるのはあまりに雑なので、もう少し踏み込んでみる。

これは僕の感想だが、鳥貴族の息子で関ジャニのメンバーは誰?と聞かれた時の感情と、森鴎外の娘で小説家なのは誰?と聞かれた時の感情の違いを挙げてみる。前者は「知るかよ」で後者は「そんな人居たんだ、分からない」だった。後者をもう少し詳しく言うと、「僕が至らないせいで全く知らなかった」という感じで、知っていて当然というような前提があったと思う。

つまり、前者の問題が分からないのは作問に責任があり、後者の問題が分からないのは無学な僕に責任があるのだ。クラシックも日本の伝統芸能も学問も、一人前の大人なら知っているべき事項であって、分からない人間に文句を言う権利はないのだ。もちろん少し誇張はしているが、感じたことの方向性はそんな感じだ。

逆に関ジャニを始めとしたサブカルチャーの話なんて個人の趣味の範囲で、知らなくても問題はない。むしろそれを知ってるという前提で問題を作る方がちょっと不適切だ。一応言うとこっちも誇張してあるのであまり攻撃的に受け取らないでほしい。

でも、僕はサブカルチャーに対する意識の方が優しいと思う。サブカルチャーメインカルチャーと違って趣味として深めるかが個人の自由に委ねられている。「(メインカルチャー)の知識はあった方が望ましい」という雰囲気はそのメインカルチャーを好きではない人だけでなく、それに好意を持ってる人までも窮屈にしてしまうと思う。全ての概念について、それを知らないことを平然と言えるようになるといいなと思うよ。そしたらサブカル問題につく低評価も減るんじゃないかな。全部が全部知らなくて当然のことになったら責める気もなくなりそう。

長々と書いてきたけど、まあ言いたいことはサブカルチャーを下位として見ないためにはサブをメインに上げるんじゃなくて、メインの見方を改めた方がいいんじゃないかなってことかな。まあ同じように平等(とは?)に見れるならどっちでもいいんだけど、僕はメインをサブに落とした方が楽しいと思うよ、ふへへ。

*1:単純に僕が無学でクラシックや文学界や浄瑠璃を詳しく知らないだけかもしれないが

*2:以下この言葉を何度か使うが、サブカルチャー以外というくらいの意味。サブカルチャーがそもそもメインカルチャー以外だったはずなのでかなりあべこべな言い方だけども。